2017年7月16日日曜日

他界(1)

金子兜太の「他界」をよみ、同年代の共感を覚えた。
とくに亡くなった奥さんについては、はじめて詳しいことを書かれているようだ。
わたしは妻について、まだ書いたことがない。なぜならばまだ存命中だからである。
しかし健忘症と要介護2の状態なので、わたしより先に亡くなる可能性がたかい。自分でもよく先に逝くと宣言している。
そして金子さんの奥さんと同じように、「あなたのせいで、こんなに体が悪くなった。」と、よく文句をいっている。
金子さんは、そんな奥さんを大きくうけとめ、ながく看病して、看取られた。
存命中は腹のたつことも多々あったであろうが、亡くなってしまうと、懐かしい記憶として残るのであろう。
わたしが、今妻について何か書くと、そうはいかないような気がする。
現世と他界の間柄になってから、書くのがよさそうだ。
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2017年7月14日金曜日

藤の字のつく名前

NHKで「日本人のおなまえ」シリーズをやっている。
藤の字のつくなまえの放送日は、朝倉・日田地区の大水害のニュースで延期されたが、ネットで調べると下記のような内容だったらしい。
藤原鎌足は天皇中心の社会を確立した功労者で、大化の改新の中心人物である。藤原鎌足は亡くなった時に天皇から「藤原」という名前を賜った。
藤のつく名前のルーツは、鎌足たったひとりからスタートしたというのは極論だが、当時藤原京も作られたし、藤の花の紫色は、古来から高貴な人の色とされ、源氏物語や栄華物語では、人物の名前や衣装の色にとりあげられている。さらに藤は「不死」と書いて長寿を願う祝いの意味もあった。
また若芽は食用に、実は漢方薬に、蔦は強力なロープとして橋に使われた。
鎌足が亡くなり350年後の公卿補任を見ると、28名のうち23名が藤原だった。
鎌足の息子、藤原不比等は、自分の娘を天皇に嫁がせ、その娘が生んだ息子に、自分の別の奥さんとの間に生まれた娘と結婚させた。こうして平安の中期には藤原のブランド力は最高潮に達した。
さらに百人一首は藤原定家が百人の歌を選んだものが、100首のうち34首が藤原一族がよんだもの。百人一首の研究科の吉海直人さんは「藤原氏がたくさん入っている事を気がついた人は今までいないような気がする」などと話した。
こうして藤原という名前が平安京に増えすぎた。あまり身分の高くなれなかった藤原でも身分を高くする方法が地方に行くことだった。
自分たちのルーツはこの国というようなことを自分の名字にし始めた。
加藤のルーツは加賀(地名)と藤原を合わせ加藤になったという。
伊勢に行った藤原は、伊藤になった。
内藤の内は「内舎人」。舎人は偉い人に使える召使、内がつくのは天皇の身近に仕える秘書だという。内藤は職業プラス藤原だった。
工藤は レットポリスを務めていた。藤(ふじ)ではなくトウと呼んだ理由は、氏、姓を中国風に1字で音読みするのが流行した。
都にいる藤原も名前を変えることになった。
「九条」「近衛」「二条」などの名前に変えた。九条や二条は平安京の中の地名。近衛は現在の東京でいうと麹町や永田町。都の大事な地名を名前にすることで藤原サマの関係だと分かるようにした。
時代が下がると、藤田や藤井など、藤原と関係の薄い名字も次第に増加していったという。
私のもっている姓名総覧では、藤の字の姓名で、人口の多い順位は、藤井、藤原、藤田、藤本、藤野の順になっている。
その他:藤江、藤枝、藤尾、藤岡、藤川、藤木、藤倉、藤崎、藤沢、藤島、藤代、藤城、藤谷、藤波、藤沼、藤林、藤平、藤間、藤巻、藤村、藤森、藤山などが挙げられている。
わたしの知人には、藤永、藤吉などもいた。
動物名の話もあっていたが、植物名で比較すると、松、竹、梅と藤では、どれが最も多いだろうか?
藤が地名になった例として小学校をしらべてみた。
藤原小学校は、岩手宮古・福島いわき・群馬みなかみ・三重いなべ・大分日出と、5校ある。 
藤野小学校は、相模原・岡山和気・札幌市の3校ある。 
藤原氏は多くの有名人を輩出したが、藤野氏は無に近い。 その差はあまりに大きい。








2017年6月3日土曜日

親子の対話

わたしのような戦時中うまれの親と、戦後うまれの子供では、基礎教育の内容や生活習慣が著しく異なっているので、老人と壮年の対話がなんとなく嚙み合わないことが多い。
息子はむしろ戦後うまれの叔父とは年齢も近いし、話が合うらしく、月に一度は小旅行をしたりしている。
話のあう友人も殆どなくなり、孫やひ孫との対話もすくない老人には、孤独のみが残されている。

2014年9月20日土曜日

歴史番組

毎日のテレビ番組で歴史ものが一番楽しみだ。
黒田如水ものをかがさず見ている。
講演会などは、近場の無料のものには出かけた。
遺跡巡りも近場には出かけたが、豊前や大分などは子供の車にたよる。
福岡博物館の展示期間もネット検索だけでお仕舞いとなった。

ロコモティブシンドローム(運動器症候群)

高齢者に多い「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」

その解かりやすい目安として、医者は3例をあげる。
1)ビンのふたがあけられなくなった。
2)立ったまま靴下がはけなくなった。
3)横断歩道を渡りきる前に赤信号になった。

88歳になった2年前、この指摘のような症候群を自覚して、1年間は市の介護予防のリハビリ教室に週1回通った。
しかしあまり改善しないので、昨年からクロスパル古賀のシニア教室に通いはじめて、週2~3回シニア運動をはじめた。
前半の数ヶ月で、少し足の筋肉が強くなったように感じていた。

しかしこの正月の雪の日以後の寒波で1ヶ月程冬篭りをしていたら、たちまち足腰の弱りを感じてきた。

今日検査をしてもらったら、腕や体幹は良かったが、足の筋肉量が左右とも低下していた。(赤線が今回のデータ)

やがて5月には90歳を迎えるので、それまでに自宅でのストレッチに励んで、これ以上低下しないように、またすこしでも回復するように努めたい。
ストレッチ後に牛乳を飲むと、免疫力もつくそうだ。
また舌の力を鍛えると、片足立ちの時間がながくなるという話もきいた。
あれこれトライしてみよう。

昨日のテレビで「しゃがめない」「片足立ちでふらつく」など――いまの子どもたちの体に “異変”が起きており、宮崎や島根などで5000人以上の子どもを調べた調査でも、およそ10人に一人の割合で、骨や筋肉などの「運動器」に疾患のある恐れがあることが判明したという報道があった。
さらに、バンザイが出来なかったり、手首が十分に反り返らなかったりなど、手足や腰の運動器が十分に機能していない子供も少なくないことが新たに分かったという。

文科省は学校健診の検査項目に無かった「四肢や関節などの運動器の機能」にも注意するよう法令改正に踏み切るという。


高齢者にもこのロコモの検査項目を実行してもらいたいものだ。

2014年7月26日土曜日

介護予防教室

6月から週に1回介護予防教室にでかけるようになった。
下半身がよわり、そのストレッチングを重点にトレイニングをする。
はじめは少し効果を感じたが、2ヶ月目からはあまり感じない。
継続は力なり。も少し続けてみよう。
私より若くて重症の人をみると、健康の有りがたさを実感する。

2014年5月3日土曜日

芝生の手入れ

新緑の季節で、庭の芝生も日ごとに緑色が濃くなっている。約50坪の芝生の手入れも老人には重荷になって雑草がめだってきた。 そこでゴルフのパター練習目的にあわせて5個のホールを設け、その周辺半径1mの円周内とホール間の直線1m幅を、草とり、芽たて、水巻の対象にしている。5個のホールで10個のラインができるので、9ホールを18パット以内ですませるよう練習している。1ケ月後にはホールの位置をかえればやがて全面積が緑色になるであろう。